神葬祭

2016年11月24日

墓参りもあり3

これが神道のお墓です。先祖代々とはせず、奥都城おくつきと読みます。

お墓も本来は神社の御陵に作るのですが、たいていはお寺にあり、神道の家の墓という意味で奥都城という墓石になります。

墓奥都城3






仏教では49日と言いますが、神式では10日ごとの神事があります。

でも繰り上げての50日祭をやってしまえば後は一年後です。

無為信寺3無為信寺3






いつまでも閉じていないで、早くあけて商売をしろ、働けというのが神道です。

葬式が終わると神主を呼んでお祓いをし、一週間で喪が明ける村もあります。

奥都城2墓参り






墓参りの時も神主が祝詞をあげて、皆でパンパンと柏手を打ちます。

間違えて隣りの墓の人もパンパンとやってたりします。

神式では亡くなった者は神様になるので、楽しくお送りするということですね。

無為信寺無為信寺4

2016年11月23日

葬儀はお祭りです。3

神葬祭我が家は神道なので、葬儀は神式の神葬祭で行われます。

通夜祭、遷霊祭、帰家祭、直会などすべてお祭りです。


榊坊さんではなく神主さんが来て、音楽は太鼓をたたいて笙を吹き祝詞を奏上します。

線香はなく、榊をあげて二礼二拍手一礼しますが、柏手は音を立てずにヒタヒタと打つ、しのび手になります。

神葬祭膳祭壇には生きた鯉など海、山、河、陸の作物をささげます。

戒名ではなく、生前の名前に大人命(うしのみこと)と重ねて霊号とします。


斎主祖母は姫命(ひめのみこと)だったと思いますが、ばあさんでも姫になるならいいかな。

直会で祭壇の供物と同じものを皆でいただくことになるのですが、落合家、阿部家、熊倉家、総勢35名の親族が一列に並ぶ奇妙な形の宴会になりました。
直らい水上屋さんは水原で古くからのお料理屋さんですが、部屋も建物自体も斜めに曲がって作られています。

そこへ真っ直ぐにテーブルを出すので、毎回悩むそうです。

料理さらにこの料理の多さ、20儚僂虜切り身は皿からはみ出ています。

とても食べきれず、お持ち帰り前提のようで、引き出物も結婚式のように大量に持たされました。

斎主は落合家19代目の宮司ですが、初代は織田家と関わりのある侍だったようで、大阪の泉田という家との婚姻が400年ぶりの兄弟の再会になったと地方の新聞にでたこともある家です。

古文書落合15代のときに熊倉へ嫁を出していますが、子供が無かったため、兄弟の子である甥をさらに養子に取ったのが現在の熊倉家初代です。

2代熊倉である祖父は16代落合の娘である従姉妹を嫁に取っています。

家系図亡くなった父の実家である阿部家は16代落合に嫁を出しており、父と祖母は従弟の関係になります。

父は阿部家から熊倉家へ婿養子に来ましたが、相手は従姉妹の娘であり、それが私の母になります。

ヒーロータイム2斉主から見ると亡くなった父は親のいとこであり、祖父のいとこであり、祖父の姉の娘婿でもある。

曽祖父の妻の実家の孫で実弟の孫にもなる。

子どものころに墓参りで、各親戚の家を回るのですが、どこへ行っても似たような同じ顔してるという覚えがあります。

ヒーロータイム親しくしてもらっている阿部家の従弟も血の濃さから言ったら兄弟並みじゃないかと思われるほどです。

19代落合と私4代熊倉は又従姉妹(またいとこ)ということにはなります。

親戚が増えているのか、本当は減っているのか、よくわからない家系図ですが、今後の子供たちはどうなっていくのか。
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